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食とこだわり

オーガニック、自然食というと、世間ではよくこだわりと言われます。こだわりの醤油、こだわりの調味料、無農薬の有機野菜・・しかし、本当はこだわりがないのです。

 

世の中の人々は、一般的に醤油はキッコーマン、野菜はスーパーマーケット、砂糖は白砂糖と、迷うことなく、食べ物の選択にこだわっています。しかし、食事のこと、健康のことをごく常識的に考えたとき、普通の醤油は何なのか?調味料は何なのか?を考えることは、こだわりでも何でもなく、ただ当たり前のことなのではないでしょうか?現代は、「安い方が素晴らしい、お金が貯まる方が偉い」という現代社会の価値観が世の中に蔓延しています。しかしながら、これらの価値観は、現代資本主義において、意図的に作り出されたものであるということを理解している人はほとんどいません。「現代社会のつくられた常識にこだわって生きる」・・・これこそが、何よりも一番のこだわりなのではないかと思うのです。

 

世の中の操作された価値観にこだわっていないからこそ、自分の思うまま、あたりまえの食生活を指向するのです。つまり、心が自由なのです。農家というのは、自家消費用に農薬を使わない野菜を作っているといいます。農薬が体に悪いということを体験的に十分知っているからです。化学調味料は神経毒ですし、食品添加物は長年の間に体内に蓄積し、アトピーやアレルギーの原因となり、人体の健康に重大な悪影響を及ぼします。このようなことをわかっていながら、現代のような食生活を続けるというのは、常識的に考えて、この上なく何かにこだわっているという以外ないのではないでしょうか?つまり、現代人というのは、一般常識にこだわり抜いて生きているということが分かります。しかしながら、一般常識というのが、一部の人たちにとって都合が良いように操作され、つくりだされた歪んだ価値観であるということを現代人は理解するべきなのです。

 

そんな身体に悪いものを国が認めるわけがない、食べてもなんともない、と思うかもしれません。しかし、政治というのは企業で成り立っているのです。それが資本主義の常識です。企業の都合の良いように、政治は常におこなわれてきました。「国民が知らないならもう少しこのままにしておこう・・」と考えるのが人間の一般的な思考ではないでしょうか。政治というのは心の良心ではなく、誰かの意向によっておこなわれているものなのです。原子力発電とまったく同じことが、今も食品業界でおこなわれている訳です。いつか将来、食べ物の裏側が大々的に暴かれるときがやってくるのかもしれません。しかしながら、その時責任をとる人は誰もいないということは明らかです。知らなかったことで損をするのは、いつも一般市民です。

 

癌の原因は、何十年も前に究明され、素晴らしい治療法が確立されています。電力においても、革新的なフリーエネルギーが発見され、一部では販売もされています。しかしながら、このような現代の産業構造を革新的に作り変えてしまうような素晴らしい発見というのは、常に業界から妨害され、闇に葬られ続けているのが現実なのです。ですから、私たち一般市民が、本当のことを知るというのは、現代社会において非常に難しくなっています。

 

古来より日本人が食してきたものを食べることは、こだわりではなく、あたりまえです。そんなことさえ、わからなくなってしまった現代人の常識とは、一体何なのか・・・私たちは、そろそろそのことに気づく時期にあると思います。

 

| 今日このごろ | 21:06 | comments(0) | - | pookmark |
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