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日本の夜明け(12)

45世紀頃、応神天皇の時代、朝鮮半島から大量の渡来人がやってきました。中でも、最大規模の秦氏一族は、古代ユダヤ人の血を引く原始キリスト教徒であったことが判っています。秦氏は、日本で最も多い八幡神社や稲荷神社の創建者であり、松尾大社、白山神社、日吉大社、諏訪大社、愛宕神社など、日本有数の神社の創建にも関わってきました。神社の創建、すなわち、今日の日本神道の基礎を築いたのが秦氏一族だったのです。

 

そして、日本神道の頂点である伊勢神宮もまた、秦氏が深く関与していました。伊勢神宮というのは、かつては宮中に祀られ、倭国(わこく)・大和にあったことが判っています。当時、流行ったもののけの祟りを治めるため、倭姫(やまとひめ)が伊賀・近江・美濃・尾張をまわり、天照大神の御神体を沈める地を探したのが、現在の元伊勢として残っているのです。その一番最初の地が、倭国笠縫邑(わこくかさぬいむら)、現在の笠縫神社であると言われています。現在は、祠のみとなっている笠縫神社は、秦楽寺の境内にあり、秦楽寺とは、まさに、秦氏の氏寺であったのです。

 

伊勢神宮といえば、天皇の祖先である皇祖神、神道における最高神、つまり、内宮に祀られている天照大神です。天照大神は、一般に、女神とされていますが、持統天皇の時代、女系天皇を正当化するため、藤原不比等が記紀の編纂によって、男神から女神へ作り替えたと言われています。また、天照大神といえば、古事記の中の「天岩戸開き神話」が有名です。

 

「暴れん坊のスサノオ命に怒った天照大神は、天の岩屋に隠れてしまう。すると、地上は、暗闇に閉ざされてしまった。そこで、八百万の神々が相談し、あめのふとたまの命が、天の岩戸の前に八咫鏡がかかった榊(さかき)を立て、あめのうずめの命が裸で舞いを踊った。これを見た神々は大笑いし、その場が大騒ぎになる。天の岩戸の隙間から外をのぞき見た天照大神は、八咫鏡に写ったもうひとりの神に驚いた。天照大神が一瞬ひるんだ隙に、たぢからおの神が天の岩戸を開き、天照大神を引きずり出した。あめのこやねの命が入口にしめ縄を張り、再び天照大神が天の岩屋に入れないようにし、地上に再び光がもどった。」という神話です。

 

| 日本の夜明け | 00:01 | comments(1) | - | pookmark |
コメント
島根県の安来は古事記では根之堅洲国というところでスサノオの活躍地ですね。正確には十神島根之堅洲国となりますが長いので古事記では省略されています。この省略された、十神島というのは出雲国風土記では砥神島という陸繋島であったであろう現在の安来市の十神山です。この島は安来市のシンボルと見いわれ、きれいな円錐形をした小山ですが、古代の人たちにの崇敬した島だったらしいです。この十神というのはイザナギ・イザナミ以前の神々を指し、両神を含めその後の神代の時代と分けて神世と表現されます。この神世七代の十柱の神々が宿る神聖な島だったのだと言われています。ここは、中海という湾岸にあり、例えば淡島と古事記に見える島と認識しうる粟島が対岸の鳥取県米子市にもあり、ここがオノゴロ(淤能碁呂)島と考えると、近くに国生みの神、イザナミの神陵地、比婆山もあることから合理的なのではと思われます。
| 原点探索者 | 2014/02/02 9:14 PM |
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